中津神社について

中津神社

由緒

中津神社は、中津大神宮の南西に隣接し、中津城本丸下段の松の御殿跡にご鎮座しております。 明治16年、六所神社・丸山神社(義氏社)・稲荷神社・蛭子神社・八幡大江神社のご分霊を合祀し、中津神社と称し、鎮祭されました。

流造りの本殿・拝殿・神輿庫等があり、公園地の入り口には石造りの大鳥居があります。7月に斎行される例祭は、中津祇園と称し、大分県指定無形民俗文化財となっております。御神輿と祇園車と呼ばれる漆塗りの華麗な山車7台が町々をまわり、辻々では祇園車の上で踊り等が披露され、夜は境内で勇壮な「練り込み」が行われます。中津市を代表する祭りのひとつとして氏子はもとより、市内外より多くの参拝者で賑わいます。 中津祇園の詳細については、下記の中津祇園保存協議会のWebサイトをご覧ください。
  中津祇園保存協議会Webサイト

御祭神

素盞鳴尊

応神天皇

仁徳天皇

ほか十三柱

松の御殿

江戸時代の参勤交代や江戸藩邸定住などの諸緩和令により、江戸に置かれていた大名の妻子は帰国を許されるようになりました。 そこで、江戸藩邸より帰郷する諸姫君を住まわせるために、1863年に松の御殿が建築されました。 しかし、その後、西南の役に参戦する中津隊の襲撃にあい、松の御殿は1877年に焼失してしまいました。